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過去の出来事 今日は何の日~過去の出来事~

毎日、過去に起きた出来事や事件・事故、有名人の誕生日などを紹介!!
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過去の事件・事故や出来事(11月17日) 

1869年 - スエズ運河開通式
1965年 - 第1回ドラフト会議を開催(プロ野球)
1970年 - ソ連の無人月探査機「ルナ17号」が月面に着陸
1974年 - 別府3億円保険金殺人事件
1990年 - 雲仙普賢岳が200年ぶりに噴火
1997年 - 北海道拓殖銀行が経営破綻(戦後初となる都市銀行の破綻)
2004年 - 奈良小1女児殺害事件
2005年 - 国土交通省がホテルの構造計算書偽造問題を発表


◆別府3億円保険金殺人事件
1974年(昭和49年)11月17日午後10時頃、大分県別府市の国際観光港第三埠頭で、家族4人が乗った乗用車が時速40kmほどで海面に転落した。車に乗っていた不動産経営者A(当時47歳)は海面を泳いでいるところを救助されたが、妻(当時41歳)、長女(当時12歳)、次女(当時10歳)は溺死した。死亡した3人には月々十数万円の保険金が掛けられており、Aは過去に保険金詐欺の前科があったため、保険金殺人の疑惑が浮上した。

マスコミは、連日、この疑惑を報道し続け、警察もAから事情聴取をし続けていたが状況証拠しか出てくることが無かった。しかし、同年12月11日、Aは自身の身の潔白を訴えるためにワイドショー番組に生出演した直後に殺人容疑で逮捕された。その後、状況証拠しかなかったものの、1980年(昭和55年)3月28日、大分地裁はAに死刑判決を言い渡し、Aは上告中だつたが、1989年1月13日に獄中で死亡した。

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過去の事件・事故や出来事(11月16日) 

1876年 - 日本初の幼稚園が開園
1908年 - 日比谷図書館が開館
1934年 - 昭和天皇誤導事件
1957年 - エド・ゲインによる連続猟奇殺人事件が発覚
2006年 - NHKが世界初のハイビジョン宇宙中継を開始


◆昭和天皇誤導事件
1934年(昭和9年)11月16日、昭和天皇臨席のもと陸軍大演習が群馬県の高崎練兵場で行われた。昭和天皇一行は観兵式に出席した後、群馬県桐生市を視察することになっていたが、一行の先導をしていた警部が緊張のあまり道を誤ってしまい、一時、天皇一行が行方不明になったと大騒ぎになってしまった。

過去の事件・事故や出来事(11月15日) 

1955年 - 自由党と日本民主党が合併し、自由民主党が誕生
1977年 - 横田めぐみさんが下校途中に北朝鮮の工作員に拉致される
1986年 - 三井物産マニラ支店長誘拐事件
1986年 - 伊豆大島の三原山が12年ぶりに噴火
2005年 - 紀宮清子内親王と黒田慶樹さん(東京都職員)が結婚


◆三井物産マニラ支店長誘拐事件
1986年11月15日、三井物産マニラ支店長の若王子信行氏が、フィリピン共産党の軍事組織に誘拐された。その後、三井物産本社や報道各社に脅迫状や写真などが数回にわたり届き、翌年3月31日の夜に約4億5000万円の身代金と引き換えに無事解放された。その後、1991年に11人の犯人グループがフィリピン当局によって逮捕されたが、10人は保釈され,残る1人も自供を翻し事件は迷宮入りとなった。

過去の事件・事故や出来事(11月14日) 

1690年 - 水戸藩の徳川光圀が病気を理由に隠居
1973年 - 関門海峡をまたぐ関門橋が開通
1983年 - 南極観測船「しらせ」が初航海に出発


◆南極観測船「しらせ」
海上自衛隊が保有していた砕氷艦で南極地域観測隊の南極観測に利用されていた。全長 134m 、全幅 28.0mで乗員は230名、ヘリコプター3機が搭載されていて、ましゅう型補給艦が竣工するまでは海上自衛隊最大の自衛艦だった。一般的には砕氷艦ではなく「南極観測船」と呼ばれているが、本艦の主任務は観測よりもむしろ観測隊員及び物資の輸送であって、毎年11月14日に、東京港晴海ふ頭を12:00に出港、オーストラリア・フリーマントル港で1週間停泊の後、12月中旬-下旬に昭和基地に到達していた。

「しらせ」は、老朽化などにより2008年7月30日で退役となり、同年12月には解体が予定されていたが、鉄屑価格の下落などにより解体が中止され、気象情報会社 「ウェザーニューズ」に売却され、2010年10月からは気候変動や環境情報の発信基地船として利用される予定となっている。

過去の事件・事故や出来事(11月13日) 

1921年 - 高橋是清が第20代内閣総理大臣に就任
1938年 - 中国で長沙大火
1966年 - 全日空松山沖墜落事故
1981年 - 沖縄でヤンバルクイナを発見
1989年 - 島根医大で日本初の生体肝移植を実施


◆長沙大火
1938年(昭和13年)11月13日午前2時ごろ、中国国民党軍が人口50万人の都市・長沙(中国湖南省)に火を放ち放火を行った。この火災により市街地は3日以上も燃え続け、長沙は廃墟と化した。正確な人数はわかっていないが、焼死者は2万人以上いると言われている。また、長沙は長い歴史を持つ都市だったので、貴重な文化遺産が数多くあったが、その多くが焼失した。この放火は、日本軍の進撃を阻止するための焦土作戦だったと言われているが、当時、日本軍は長沙に進攻する予定は無く、本当の目的は中国共産党幹部であった周恩来らの暗殺が目的だってのではとの憶測も残っている。


◆全日空松山沖墜落事故
1966年11月13日午後8時28分、全日空533便として運航されていたYS-11(機体記号:JA8658)は、大阪・伊丹空港から松山空港へ陸側から着陸しようとしたが、滑走路端から460m付近に接地してオーバーランの危険が生じたために、着陸をやりなおす着陸復航を行った。ところが、高度230~330フィートまで上昇した後、降下に転じ、左旋回の姿勢のまま、松山空港沖2.2kmの伊予灘(瀬戸内海)に墜落した。この事故で、50名(運航乗務員2名、客室乗務員3名、乗客45名)の全員が犠牲となり死亡した。事故調査委員会は、速度計の誤読あるいは故障等の推測原因を検討したうえで、パイロットのミスをほのめかせたが、当時は旅客機にコックピットボイスレコーダーとフライトデータレコーダーを搭載していなかったこともあり、墜落原因を特定することができなかった。

この事故が起きた1966年は日本国内で大型旅客機が墜落する事故が連続して起き、この事故で5回目であった。またこの1ヵ月後には、遺体捜索をしていた全日空と大阪府警のヘリコプターが伊予灘上空で空中衝突し、双方の操縦士ら4名も犠牲となった。


◆ヤンバルクイナ
沖縄県北部に生息するクイナ科の鳥類で、全長は約30cm。1981年に山階鳥類研究所の研究員によって発見され、1982年には国の天然記念物として指定された。また、1970年ごろから地元では複数の目撃例があり、地元の人達は「ヤマドゥイ」と呼んでいる。

ヤンバルクイナ




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