1884年 - 秩父事件
1892年 - アーサー・コナン・ドイルが「シャーロック・ホームズの冒険」を出版
1898年 - 第1次大隈内閣が総辞職
1967年 - 吉田茂、戦後初の国葬
1969年 - 日本記者クラブ結成
1970年 - 埼玉県和光市が市制施行
1992年 - ガリレオ・ガリレイの破門が解かれた
1994年 - 湘南白動車検査登録事務所が業務開始し「湘南ナンバー」が誕生
2000年 - 台湾の中正国際空港で墜落事故(乗員乗客83名が犠牲)
2005年 - 第3次小泉改造内閣発足
◆秩父事件
1884年(明治17年)10月31日、当時、増税や借金苦に喘ぐ埼玉県秩父郡の農民や自由民権思想に接していた自由党員らが中心となり下吉田(旧吉田町)の椋神社において決起集会が行われ、武装蜂起を開始、11月1日には秩父郡内を制圧して、高利貸や役所などの書類を破棄した。郡役所などの占拠は11月4日ごろまで続いたが、政府により組織された警察隊や憲兵隊に鎮圧され、最後まで交戦していた一部の者も11月9日に完全に鎮圧された。蜂起には10,000人近くの人達が参加しており、有罪判決を受けた者3,390人にも上った。
◆中正国際空港、墜落事故
2000年10月31日、中華民国(台湾)の中正国際空港でロサンゼルス行きの最新のボーイング747型航空機が離陸に失敗し、乗員・乗客合わせて179名のうち、日本人1名を含む83名が死亡、80名が重軽傷を負う大惨事となった。
当時は、台風20号が接近中で強風による機体の横転などが事故原因として推測されたが、運航乗務員の証言やフライトレコーダーの記録などから、パイロットミスが事故原因と判明した。
事故機は管制塔から指示された滑走路と間違え、平行して走るもう一つの滑走路に進入してしまった。しかし、この滑走路は工事中で工事用車両などの障害物が置かれていたため、パイロットは回避のため即座に離陸を行ったが間に合わず、コンクリートブロックと工事用クレーン車に衝突し墜落してしまった。機体はバラバラになり爆発炎上したが、この時点では多くの乗客が生存していたと思われる。しかし、太平洋横断用の大量の航空燃料が塔載されており、その後の火災により多くの乗客が落命したといわれている。