過去の事件・事故や出来事(11月6日) 今日は何の日~過去の出来事~

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過去の事件・事故や出来事(11月6日) 

1868年 - 会津戦争で会津藩が降伏(旧暦:明治元年9月22日)
1972年 - 北陸トンネル火災事故
1972年 - 日本航空351便ハイジャック事件
1985年 - コロンビア最高裁占拠事件
1987年 - 竹下登内閣が発足
2001年 - サベナ・ベルギー航空が破綻


◆北陸トンネル火災事故
1972年(昭和47年)11月6日、午前1時9分頃、北陸トンネル内を走行中の大阪発青森行き501列車 急行「きたぐに」(客車15両編成)の食堂車から火災が発生。それに気付いた乗客からの通報を受けた車掌の車掌弁操作と機関士の非常停止措置により、列車は運転規定に基づいて直ちに停車した(敦賀側入口から5.3km地点)。

事故の通報を受け、トンネル両側より救援列車が運転されるなどしたが、火災が深夜、無人状態の食堂車で発生したため発見・通報が遅れたこと、火災車両から発生した猛烈な煙と有毒ガスが排煙装置のないトンネル内に充満したこと等の悪条件が重なり、30名(内、1名は指導機関士)が死亡し、714名にものぼる負傷者を出す大惨事となった。死者は全員が一酸化炭素中毒死と断定された。


◆日本航空351便ハイジャック事件
1972年(昭和47年)11月6日、日本航空351便(羽田空港発福岡空港行きボーイング727)を覆面をした男が乗っ取り、キューバへの亡命を要求した。「短距離機であるため不可能」と機長が拒絶し同機は羽田に引き返し、膠着状態の後犯人は逃亡用機としてダグラスDC-8機を用意させ、乗客を解放した後、自らが逃亡用機に移動した所で潜伏していた警察官が逮捕、逃亡は未遂に終わった。在米日本人の単独犯で、目的地が社会主義国のキューバだった事から政治的背景も取り沙汰されたが、取調後無関係だった事が判明。
同日未明には北陸トンネル列車火災事故が発生しており、大惨事と大事件の同日発生が日本中を震撼させた。

また、逃亡用機に用意されたダグラスDC-8機は、この事件のわずか22日後にモスクワで墜落した。同機は「よど号」事件の乗客が韓国から帰国する際にも使用され、墜落直後に事件・事故とのあまりの縁深さも報道された。


◆コロンビア最高裁占拠事件
1985年11月6日、コロンビアの首都ボゴタの最高裁判所兼法務省ビル(正義宮殿)に武装ゲリラ(M-19)35名が侵入し、国会議員や市民、判事12人を含む約500人を人質に取った。
M-19はベリサリオ・ベタンクール大統領(当時)との「和平のための直接交渉」を要求したが、アルフォンソ・レイエス最高裁長官の攻撃中止要請にも関わらず、治安部隊は事件発生直後から戦車などを使って突入作戦を開始、28時間にもわたる激しい銃撃戦の末に最高裁に突入。ゲリラ全員を殺害・制圧することには成功したが、最高裁は炎上し、最高裁長官と判事11人、市民60人を含む人質115人が死亡するという大惨事となった。

この事件の背景には当時深刻化していた麻薬問題があり、麻薬密売組織メデジン・カルテルの最高幹部パブロ・エスコバルが自身のアメリカ当局への身柄引き渡しを阻止するため、M-19の指導者カルロス・ピサロに最高裁長官の暗殺と麻薬関連書類の焼却を依頼し、ピサロが230万ドルで引き受けたとされる。また、最高裁は軍による左翼活動家に対する人権侵害を審理していたため、混乱に乗じて治安部隊による証拠隠滅のための意図的な放火や目撃者の殺害が行なわれたとの情報もある。






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